SaaSがオワコン化した2023年
気がついたら2023年も今日で終わり、明日から当ニュースレターも3年目に突入する。雑に数えて累計40万文字、原稿用紙にして約1,000枚書いてきたことになる。このニュースレターを続けられるのも読者の皆様のお陰である。いつもありがとうございます。
SaaS業界に関して言えば、2023年を象徴するイベントが年末にかけて二つあったように思う。一つはChatGPT、もう一つはFigmaだ。
過去最速のスピードでユーザーも売上も獲得したChatGPTは、SaaSのGTM通念を根本から覆した。当ニュースレター含め、業界の老害たちは「いやいやProduct Led Growthとかカッコイイけどね、結局はエンタープライズをやるなら営業組織を作らな…えええFortune 500企業の9割がもうChatGPT使ってるの⁉︎」と泡を食うこととなった。
そんなChatGPTにもハプニングがあった。製造元OpenAIが11月に前代未聞のお家騒動を引き起こし、コーポレートガバナンス的アキレス腱を露呈した。キッシンジャー元米国国務長官も、11月末大往生する直前までAIが孕む地政的リスクを懸念していたが、技術の製品化スピードに、それ以外の側面が追いついていないことは明々白々である。EUはいち早くAIを規制する包括的法案を可決したが、その保守的すぎる姿勢は、引き続きシリコンバレーにおいて嘲笑の的となっている。一方シリコンバレーを有するアメリカも、2024年には大統領選をひかえる。もしトランプ前大統領が返り咲くようなこととなれば、それこそ世界中から笑われるに違いない。同時に、AI関連技術を中心とした貿易規制が氏の大衆主義の元でどう変化するのか、世界中の技術者、政治家、投資家が注目することとなる。
生成的AIはSaaS業界をこの一年で大きく変えた。今年4月のニュースレターでは「SaaSに成れた時代からSaaSに慣れた時代」への変遷をAtlassianとSplunkを例に分析したが、ひょっとしたら2024年はSaaSが枯れる時代かもしれない。これはSaaS業界そのものが消えるという意味ではない。しかし生成AIがいとも簡単にCRUDなウェブアプリ生成を代行し、ハードウェアも一般的SaaS要件を上回るスピードで進化している今、「ソフトウェアをオンラインサービスとして提供する」業態そのもののハードルは、ほぼ無くなったと言ってよい。少なくとも過去10年のように、ベンチャーキャピタルのリスクマネーを調達してウェブサービスを作り込む時代は、もう二度とやってこない。サラリーマンが副業の一環でSaaSを作るような流れが、今後より一般化すると考えるのが自然だ。
今月半ばに破綻したAdobeによるFigma買収は、その意味でも示唆に富んでいた。英国と欧州連合が当該M&Aが独占的であると判断、15ヶ月に及ぶ交渉の末、両社は事業統合を断念、Figmaは独立企業としてIPOを目指すこととなった。2023年度の売上は$600M(≒846億円)と囁かれており、2022年度の$400MからYoYで50%成長している計算となる。仮に上場SaaSトップレンジの売上マルチプル25を仮定したとしても、評価額は$15Bと、Adobeの買収額であった$20Bには届かない。しかし、契約内容に従いAdobeからFigmaに支払われる破談補償金の$1Bも考慮すると、Figmaにとってそう悪い話でもないだろう。
ではAdobeにとってはどうだろうか?Figma買収の発表から15ヶ月間の間で、生成AIの台頭によりSaaS業界は大きく様相を変えた。Figmaが想定してきた2010年代までのデジタルデザイン工程と、AIアシスタントの存在感が増してくるこれから10年のそれは、大幅に変わってくる。新しい位相がどんなものになるのか全く想像がつかないが、$20Bという大金とPMIに必要であったろう時間を、新しいパラダイムの模索に充てられるメリットは、決して小さくない。Adobeは、今月13日の業績報告で大きく落とした株価を、Figma買収失敗のニュースで半分近く戻しており、投資家も似たような見解に収束しつつあるようだ。SaaSの未来は暗くはないかもしれないが、限りなく不透明であるように思える。
Adobeの12月の株価推移
ソフトウェア業界のリスクマネーはどこに行くのだろうか?AIというのが雑かつ正しい答えなのだろうが、SaaSということとなると、やはりAIの要素技術が注目されていくように思える。
AIスタックは大きくわけて三つある。①データを集めてくるレイヤー②集めたデータを使いモデルを訓練し、類推するレイヤー③そして類推結果を応用するレイヤーである。②のモデルの訓練と類推は、GPUをどれだけぶん回せるかの資本力勝負なので、レバレッジ投資に適さない(それこそ $NVDA の株を買えという話である)。類推結果を応用するレイヤー③は、先に述べたように旧来SaaSのテリトリーで、ここは一気にコモディティ化が進む。となると、リスク投資が注目すべきは①および①②③のつなぎ目ということになる。
①に関しては、データセットそのもので差別化する必要があり、完全に業態・業界依存となる。HubSpotによるClearbit買収などが好例だ。Google検索やChatGPTが知り得ない情報を提供できるData as a Serviceベンダーは、特にM&A文脈で今後ともニーズがあるだろう。つなぎ目に関しては、まさにミドルウェアの領域だ。MongoDB、Snowflake、Confluentといった伝統的ミドルウェアベンダーのニーズは引き続き見込まれる一方で、生成AIの技術スタックで改めて重要性が見直されるベクトル検索など、新しいタイプのミドルウェアにスポットライトが当てられる可能性も高い。大味に総括すると、アプリケーションレイヤーのSaaSの売上マルチプルは引き続き下がり、よりデータ処理に近いベンダーは、金利の動き次第では、2021年の高値を更新してくる気がしている。
1年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
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