IBMのHashiCorp買収所感
SalesforceによるInformatica買収の噂が流れてきた際、個人的に好きなETL分野でM&A分析ができると思ったのだが、土壇場で買収交渉は決裂、ニュースレターの下書きと含み益が立ち消えとなった。GAFAMの決算で市場こそ乱高下、ServiceNowの決算こそ流れてきたが、2月期首が多いSaaS業界は5月決算報告が多い。ネタがなくて困ったなと悩んでいたところに、IBM様が救いの手を差し伸べてくださった。4月24日、$6.4B(≒1兆円、円安やばす)でHashiCorpを買収すると発表したのだ。
M&A概説
HashiCorpは当ニュースレターでも分析済みであり、格好の時事ネタということで、以下所感を述べていく。
まず買収条件について触れる。基本的に全ての株式およびストックオプションを一株35ドルで買い取るというもので、未vestもストックオプションも買い取られる。RSUに関してはvest済みのものは買取の対象となり、未vestのものはIBMのRSUと等価交換される。考えられ得る限り最大限に現金化を優先した買収条件とみてよい。
買収背景に関しては、Sun Microsystems→RedMonk→Gartner→GitHubとインフラ技術のマーケティングとリサーチ領域を渡り歩いてきたFintan Ryan氏の解説記事が詳しい。記事の中でRyan氏は、HashiCorpの大型エンタープライズ案件の獲得スピードの失速やNRRの逓減といった上場SaaSの重要KPIの翳りに言及し、主力製品のライセンスが他社によって商用利用されることを避けるために行ったMozilla Public License 2.0からBusiness Source Licenseへの変更も、開発者の不満を買うだけでなく、ロックインを恐れる有償顧客の歩留まりを呼び込んだと分析する。被買収にあたりHashiCorpの経営陣が社員に送ったメールによると、HashiCorpはIBM Sofrware部門長を務めるRob Thomas氏直下で独立した組織としてビジネスを続行する。しかし2023年度Software部門だけで$7B以上の売上を誇るIBMにとって、年間売上$583MのHashiCorpはその10%にも満たず、部門長への直レポよりオープンソース商売本丸であるRed Hat傘下の方が自然だというのが、Ryan氏と当ニュースレターの共通の見解だ。