20年にわたるSp(e)lunkingの到達点
昨年初頭から噂されていたCiscoによるSplunk買収が実現した。一株$157、総額約$28B(4兆1500億円)という大型買収、かつ株式交換ゼロの100%現金取引ということで、さすがは天下のCiscoである。 この世の全てが独禁法違反に映るFTCの親分リナカーンネキを警戒してか、株価は買収価格から7%強値引きされた$145弱に張り付いている。
https://finance.yahoo.com/chart/SPLK
IT業界の方はお詳しいことかと思うが、一応SplunkとCiscoのビジネスについて説明する。
Splunkは一言で言ってしまえば、ログデータを分析するソフトウェアを、オンプレ・クラウド双方で提供する会社だ。2003年創業以後、着実に業績を伸ばし、2012年にNASDAQで上場、以後11年SaaSの代表格として市場を牽引してきた。元々はウェブサイトのアクセスログやサーバーのシステムログの分析を、迅速かつ横断的に行うためのツールで、Google Analyticsでは対応できない高度なウェブログ分析や、システムセキュリティに関わる異常検知を可能にしたことで、情報システム部やインフラエンジニアから多大な支持を得た。以前当ニュースレターでも紹介したとおり、元々は売り切りのソフトウェアが売上の柱であったが、試行錯誤を経てクラウドサービス化に成功、オンプレとクラウドの二足の草鞋をうまく履きこなしている。
一方のCiscoはというと、元々はネットワーク機器とそのファームウェアを販売する会社で、1985年に創立、インターネットバブルとリーマンショックを乗り越え、35年強かけて着実にビジネスを拡大してきたシリコンバレー企業の代表格だ。今ではコンピュータに関わるありとあらゆる分野でサービスを展開しており、先日NewRelicとの比較の文脈で紹介したAppDynamicsを買収したのもCiscoである。
https://www.cisco.com/c/dam/en_us/about/annual-report/cisco-annual-report-2022.pdf
そんなCiscoは、なぜ年間売上の半分強のキャッシュを吐き出してSplunkを買収したのだろうか?公式見解としてCEOのChuck Robbins氏のブログから引用する(ChatGPTで翻訳後微修正・強調は筆者)。
CiscoとSplunkは、AI、セキュリティ、および監視における補完的な機能を持つ2つのリーダーであり、一緒にすることで、あらゆる規模の組織がAI駆動の世界でより強靭で安全になるお手伝いをします。世界中の組織がビジネスをデジタル化したことにより、ITの景色は大きく変化し、AIの加速と採用によりさらに速いペースで進化し続けます。これらの新しい技術は広大な機会を創出しますが、それに伴う複雑さも増大しており、これまでにないものです。データはビジネスにおける最も強力なリソースの1つであり、すべての組織が安全に接続し、事業を運営し、ミッションクリティカルな意思決定を行うのに役立っています。しかし、お客様はデータの管理、保護、真の価値を引き出すためのより良い方法を必要としており、常に変化する世界で強靭で安全でいる必要があります。Cisco Security Cloudは、ネットワークデータ、アイデンティティ、電子メール、ウェブトラフィック、エンドポイント、プロセスなど、膨大なセキュリティデータに対する可視性を持っています。Splunkとの協力により、Ciscoは自社の頼りになるセキュリティポートフォリオに世界でも屈指のデータプラットフォームを追加しています。SplunkとCiscoの組み合わせにより、すべての規模の組織が脅威の検出と対応から脅威の予測と防止に移行し、より安全で強靭になります。データとセキュリティの課題に加えて、Generative AIが急速に産業を変革し、新たな機会を創出しています。一緒に、CiscoとSplunkはアプリケーション、セキュリティ、ネットワーク全体にわたる幅広いデータを見ています。私たちが持ち込むスケールと深い信頼の基盤を活用することで、お客様にデータの可視性を提供し、AIを活用した多くの機会を活かすのに非常に適していると考えています。CiscoとSplunkはこれらの課題に取り組み、世界中の組織に新たな機会を創出し、そのミッションを保護し、つなぎ合わせ、前進させるための最高のテクノロジーを提供します。私たちはお客様がインフラストラクチャで何が起こっているかを理解し、迅速にインサイトを得て行動し、データと企業全体を1か所でセキュアにする手助けをすることを目指します。過去数年間、Ciscoはビジネスを変革し、ソフトウェアとサブスクリプションを提供するようになってきましたが、依然として最高の性能を持つハードウェアを提供し続けています。SplunkがCiscoに加わることで、ビジネス変革を加速し、革新をお客様の手に迅速に提供し、ビジネスの予測可能性と可視性を向上させ、成長と長期的な株主価値を推進します。
Robbins氏への敬意も込め長めに引用してみたが、3行でまとめるなら、Cisco Security Cloudのポートフォリオ拡充、特にサブスクリプション売上の加速に期待しての買収だったと見てよい。Ciscoのサブスクリプション売上は明らかに伸び悩んでおり、Splunk Cloudの高い成長率に期待していることは明白だろう。
年間成長率10%前後で伸び悩んでいる$6Bのトップラインに、年間成長率30%前後の$1.9Bのトップラインを乗っけることができれば、年間成長率を15%ほどにまで引き上げられるわけで、Ciscoが何度もラブコールしたくなる気持ちもわかる。一方Splunkの方も、この2年ほど業績報告スライドでやたらSplunk Cloudをアピールしており、今思えばCiscoを釣るための撒き餌だったのかもしれない。
Robbins氏が熱く言及している生成的AIとデータに関して言えば、荒唐無稽とは言わないまでも、論拠は決して強くない。第一に、Splunk自体はそこまでデータを保持していない。Splunkユーザーなら誰しもが知っていることだが、Splunkはインデックスするデータ量に対して課金するビジネスモデルで、かつその傾斜が割とエグいので、全量データをそのままSplunkにぶち込む富豪的使い方をしている企業はそこまで多くない。Splunkにどのデータを入れるかフィルタリングするソフトウェアの方が、データそのものに対する知見はより多く有しているように思う。むしろSplunkに全量データを投入している会社があるなら、Ciscoはただちにその会社の恐怖心をさらに煽り、潤沢であろうIT予算でCiscoの他製品も買わせた方がよい。
また生成的AIに関しても、その元となっているデータの多くは、画像データやテキストデータであり、Splunkが得意とするいわゆるMachine to Machine(M2M)のデータとは異質なものだ。なのでSplunkそのものが生成的AIデータの源泉となることもなければ、Splunk上で展開されている分析手法のメタデータが、生成的AIに関する分析で役立つイメージもあまり湧かない。この部分に関しては、単純に流行り言葉を差しこんでみただけという印象だ。
いずれにせよ、20年越しの$28Bエグジットはスタートアップとして大成功といって良いだろう。そしてSplunkがCiscoに買われたとなると、今度は最大のライバルであったElasticの今後が気になってくる。8月末の業績報告で大幅にアナリスト予想を超え、一気に30%以上株価を上げたElasticだが、今回の買収を受けて、さらに評価が上がるのか、それとも業界二番手割引をより強く受けるのか。またの機会により精緻に分析したい。
SplunkとElasticの年始以来の株価比較
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